大阪高等裁判所 昭和39年(く)170号 決定 1965年1月18日
少年 M・T(昭二二・七・三〇生)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告理由の要旨は、原決定摘示2の傷害の被害者○中○雄に対し少年が暴行を加えた事実は認めるが、少年が○中○雄に暴行を加えるに先立ち同人に対し「お前ここどこや思つてるのや、お前うちのマダムに何を言うた、いつもこうやからやつてしまえ」と言つたことはないのにかかわらず警察官の取調、勾留尋問、家庭裁判所での審判を通じて少年が右のような言辞を吐いたようにされてしまつたし、また原決定摘示3の恐喝未遂、同4の詐欺の事実認定は誤つている。従つて原決定には重大な事実の誤認があるからこれを取消されたく本件抗告に及ぶ、というのである。
よつて本件少年保護事件記録を精査し検討するに、司法警察員山口正義作成の本少年に係る昭和三九年九月二六日付少年事件送致書の別紙被疑事実の要旨欄並びに裁判官栄枝清一郎作成の本少年に対する同日付勾留状の別紙被疑事実の要旨欄には、それぞれ少年がA、Bと共謀して○中○雄に対し前記のような言辞を吐いた上暴行を加えたものと記載されて居り、少年を検察官に送致した司法警察員並びに少年に対する勾留処分を行つた裁判官は右のように認定したことが窺われるけれども、原決定は少年の非行事実の2おいて少年がC、Bと共謀の上○中○雄に因縁をつけ暴行して傷害を負わせた旨を摘示してはいるが、○中○雄に対し少年が前記のような言辞を吐いたと明示していないことは、原決定の記載に徴し明らかであつて、○中○雄、Bの司法巡査に対する各供述調書、Bの司法巡査に対する昭和三九年九月二九日付供述調書謄本、本少年の司法巡査に対する同年九月二五日付二九日付各供述調書、Cの司法巡査に対する同年九月二九日付供述調書を綜合すれば、本少年がC、Bと共謀の上、○中○雄と鄭○得との口論の際その詳しい経緯を質すこともなく○中○雄に食つてかかつて暴行を加え傷害を負わせた事実が認められるから、原決定の非行事実2の事実摘示においては決定に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認はない。
なお原決定摘示の非行事実3の恐喝未遂の点は、○川○一の司法警察員に対する昭和三九年九月二二日付供述調書謄本、司法警察員に対する同月二六日付供述調書、本少年の司法巡査に対する同年一〇月一日付供述調書、Cの司法巡査に対する同年一〇月一日付供述調書により明らかに認定できるから原決定にはこの点に関する事実の誤認はない。
なお原決定摘示の非行事実4の詐欺の点については、少年は原裁判所審判廷において他の非行事実と共に「その通り相違ありません」と陳述しかつ「事件の詳細は警察で述べたとおりです」と附陳しているのであるが、右事実についての少年の司法巡査に対する昭和三九年一〇月二日付供述調書において、少年はタクシーに乗車する際同乗したDが、タクシーの行先である能勢口で知人から金を受取る予定になつていて乗車料金はDが支払つてくれるものと考えていたので運転手を欺罔して乗車料金の支払を免れる意思はなかつたのであるがDが予定のように金を受取ることができなかつたため乗車料金の支払ができなくなつたのであると供述しているから、少年は原裁判所審判廷で右詐欺の事実特に欺罔の犯意を自認したものということはできないのであつて、被害者○浜○義の被害届、司法警察員に対する供述調書、ならびに右タクシーに少年と共に乗車したCの司法巡査に対する同年一〇月二日付供述調書と併せ考えても少年の欺罔の犯意ならびに右D、C等との共謀を肯認し難いから原決定にはその非行事実4の詐欺の点について犯罪の証明がないのにもかかわらずこれを非行として掲げた事実誤認があるというの外はない。
然しながら本件保護事件記録及び少年調査記録を精査するに原決定非行事実1乃至3のみに基いても本件において少年の要保護性が優に認められることは原決定説示のとおりであつて、右4の詐欺の点を除外することにより原決定の言渡した医療少年院送致の処分が不当となるものとは言えない。
なお職権により調査すると原決定は非行事実3の恐喝未遂の適条として刑法二四九条一項六〇条のみを掲げて、同法二五〇条を掲げていないのは単なる条文の脱漏と思料されるから、この点が決定に影響を及ぼす法令の違反であるとは言えない。
よつて本件抗告は理由がないから、少年法三三条一項、少年審判規則五〇条により主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 石合茂四郎 裁判官 三木良雄 裁判官 木本繁)